跡地ひとり調査団
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金子で201、地平の伊勢崎駅
伊勢さき

5月16日、八高線へ行ってきました。カメラレンズのテストも兼ねて。

中央線も、八高線も沿線は鉄だらけだ。
駅ホームの端、茶畑の中、踏切の脇、山の中、切り通しの斜面の上、忍者かよ。

金子駅の中で撮影することにした。大都市近郊大回りなので下車できない。
1時間以上前に現地入りした。
ちょいと友人に借りていた本をこの駅で返した。
友人は地元なのに撮影ポイントを決めていないようでありきたりな踏切で撮影したようだ。
跨線橋からだとアーチ形の架線柱が邪魔だが、しゃがめば撮れるな。
上り電車が2本対向待ちになる。
201キター。駅で停車するのかと思ったがそのまま走り抜けた。

次の下り電車で島へ向かった。
201は1番線にいた。3番線に着くと、1分後に2番線の高崎行きディーゼルカーと201が同時発車。11:46

次の下りは13:02 長々と待たねばならない。
この駅は車で駅前に来たことがあるが分岐駅と言うだけで周りに何もない。
駅構内に昔は朝だけ営業するキオスクがあったようだが今は何もない。
それでも側線使っていないなら島式ホームを拡幅すべきだな。狭すぎる。
ディーゼルカーが来た。車内で発車を待つ。キハ111-208 運転士も大変だな。詰め所に行かないのか? 
発車すると、右手に川越線が分岐してゆくが、その中間を斜めに分岐する線路がある。
しかし、すぐ途切れて築堤だけになり、その築堤の途切れたところに踏切のモニュメントがある。
工場の廃線跡だが、路盤は削られて歩道になっている。

山の中へとディーゼルカーが走って行くと、右手の森の中に都電の廃車体が屋根をかけられて置いてるのが見える。

今回の旅では東武鉄道との併走が多い。他の私鉄だと直角に交わることが多いのだが、東武は横付けだ。
越生駅は八高線より東武の方が先に開業した気がするのだが、ちゃんと横付けだ。
小川町駅、ここでも東武鉄道と接続。
初めて八高の北線区間に乗ったのは夜中だった。この時小川町の駅は沿線唯一光のある駅だった。
20年前には車で走り抜けたこともあった。この時も夜中で、七夕飾りの続く古い商店が並ぶ密を走り抜けた。
個人的に夜中の光景が深く刻まれた駅だ。

丹荘駅はかつて旅客鉄道が接続していた駅だ。
15年以上前になるか、ポルシェで廃線跡に乗り入れて、次の駅に当たる駅跡のホームの所に停めて写真を撮ったことがある。車高の低いポルシェでは草の中に埋まってしまって走れなかった。

北藤岡駅は高崎線に乗り入れる前の一時停止をするためにあるような駅だ。
上り列車は高崎線の中線の所で一時停止できるような構造だ。

高崎線の下り線は鉄橋付近で上り線から大きく離れる。上り線側には旧線跡が見える。なんでこんなに離れてるのか?

EH200-901を写す。高崎機関区にはEF55-1、EF60が見える。

14:33 着。左には上信電鉄の電機が見える。
時間がないので、高崎駅ではダルマ弁当もキティーダルマも買わずにおにぎりを買ってモハ114-1133 に乗車。右手の線路が高架になって交差して行く、信越本線の上り線だ。今となっては無駄に豪華だ。
14:46 発。左手に新前橋電車区が見える。両毛線は高崎線と分かれて単線高架になる。
が、前橋駅は結構ホームがある。2面3線で、4線目の準備工事もしてある。15:00 着。
前橋の街は大きい。駅ホームも高架で豪華だが、駅構内は何もなく寂しい。
ホームから北側を見ているとレトロバスが走ってきた。少し北側にはレンガの建物が見える。何だろう? 
高崎と前橋には城があったのだが、どちらも城跡はほとんど残っていないようだ。面白くないな。

15:21 発。始発ではないので混んでいるが115系の前面にかぶりつく。単線になる。高架化工事が見える。
どうせなら複線にして高架化すればよいのに。
15:36 着。伊勢崎駅はステンドグラスのはまったおしゃれな駅舎だ。改札から撮影。
ここでも東武鉄道と接続しているが、東武鉄道の方は直接行けなくなって別に仮駅舎が出来ていた。
なんか、北鉄金沢駅の地下化工事の時の駅舎を思い出す。
2番線は西側の跨線橋でのみ接続している。ここから街を見回すと、区画整理でさっぱりしてしまっている。
おにぎりをここで食べる。

16:15 発。クハ210-3033最後部から貼り付けた写真を撮影。ガラスが汚い…。車内はロングシートで空いている。
桐生駅の手前では東武と直角にアンダーパス、右に元足尾線が寄ってきて、反対側左手には209系が留置されている側線が見える。桐生駅も高架になっている。上毛電鉄はJRから見えないのだな。下車しないと。
右手にガスタンクが見える。サッカーボール柄のと、織姫の絵の。
小俣駅を出ると右手に木造の建物が見える。塔を備えた木造の建築物はかなり珍しい。屋根が歪んでボロボロ。
一度下車して訪れたいものだ。
足利駅が迫ると左手にEF60-123 が色あせて保存してあるのが見える。
足利駅は伊勢崎駅と少し違うがステンドグラスの嵌め込まれた駅舎だ。前橋駅も桐生駅も佐野駅も栃木駅も昔はこのような駅舎だったのかもしれない。
足利には城跡が残り、方形の堀がある。訪れたいところだ。すぐ隣が有名な足利学校跡らしい。

佐野駅で東武が接続。左手に東武電車と小山のようなのが見える。城跡かな? 佐野駅も新しい。
発車すると旧1番線のようなホーム跡が見える。

岩舟駅は左手に駅舎があり、背後の山と駅前がいい感じだ。そして、荷物ホーム跡のようなのが残る。

左手に東武鉄道の電車が併走しているのが見える。高架駅の栃木駅に同時に入線だ。485系も見える。

小山駅が近付くと、右手に貨物廃線跡が見える。レールが残っている。
小山駅は新幹線の下に両毛線ホームがあり、少し東北本線と水戸線と離れて不便だ。17:32 着。

17:47 発の東北線で東京へと向かう。
左手に近付く急行つくばねが走った短絡線跡の路盤を写す。

古河駅は茨城県だ。東北本線は茨城県も通っているのだ。
高架駅になる前はホームに危険物庫があった気がする。

栗橋駅でまたまた東武鉄道。栃木駅で会った東武と再び再開。
ここにはJR-東武の渡り線がある。

東鷲宮は上り線だけ高架駅だ。
元々は貨物操車場しかなかった所に駅が出来たわけだが、いまや貨物操車場はない。
左手には新しいマンションが綺麗に建ち並んでいる。駅前にはスーパーもあるようだ。
変わりすぎている。
しかし、駅を出ると新幹線の保線用の線路が残っていた。

久喜駅でまたまた東武鉄道。

東大宮の留置線は新幹線開業前は凄かったのだが…。
ここへの回送電車がホームライナーの元祖になる。
ここにはEF58-65 広島型とかがいたなあ。
左手にはまたまた東武鉄道が併走し、北大宮駅が見える。

大宮工場ではEF80 が塗装されてピカピカになっていた。

浦和駅は京浜東北と東北本線上り線は高架になったが、まだ下り線は地上だ。
さすが7D、日没後でも写る。

尾久客車区には元サロンエクスプレスの展望車と夢空間の残党とオシ24-701 とかが繋がって留置されていた。
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