跡地ひとり調査団
別にHP持ってますし、ここはメモ代わりのブログです。
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廃駅巡りのプランニング
私の名前は出てきませんが、廃駅のプロフェッショナル?として、とある編集さんに廃駅探索プランを伝授する仕事をしていました。
そんなわけでその雑誌の宣伝。

女性編集さんは、第20回山本周五郎賞受賞作家の方と探検隊を編成して猛暑の中一日探索したそうです。
http://yojouhan.noitamina.tv/

朝日新聞出版 小説トリッパー 2010秋季号
http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=11922
東京ショート・トリップ 歩いても歩いても廃駅

去年、嵐山光三郎先生の廃線跡探索プランを立てた事がある。
光文社の新鉄道廃線紀行の国鉄下河原線の部分だ。
弥次喜多道中宜しく、作家の先生が編集の共を連れ、旅の道中で名物やB級な食事を楽しむ。
こういうのが紀行の王道なのかな。楽しかったですね。

話戻って、歩いても歩いても廃駅。
この猛暑の中、都心の廃駅を一気に巡っているので、
東京中に廃駅が溢れている幻覚を見る位はまったようです。

実際、都心には結構な廃駅が存在し、その痕跡も意外と残っていたりするのです。
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今年もオフミ
今年のオフミは中部地方だったので、ついに、やっとカーナビを買いました。
ポータブルでも結構使えるね。

オフミの会場になった街は温泉街。
なんだけど、珍しい事に一人でも泊まれるスーパー銭湯のようなホテルもある。
出来れば、持ち込み食料を食べてゴミを捨てられるコーナーがあると嬉しかった。
ちなみに、コンビニは往復80キロ走らないと無い。

1週間で5年分走ったな。

1,170km だ。

東京-富山 474km 43.99L 単132 燃費10.8
富山-金沢 186.9km 18.97L 単136 燃費9.9
金沢-塩尻 276.9km 27.22L 単134 燃費10.2
旅から旅への
久しぶりの更新です。
長旅ばかりしていたので、大変な状況なんです。

ここ1ヶ月位の間に、

福山城跡、鞆の浦、広島被服支廠跡、旧日本銀行広島支店、原爆ドーム、爆心地、本川小学校、広島城、福屋百貨店、
宮島、鉄のくじら館、歴史の見える丘、大和ミュージアム、
三江線、木次線とスイッチバック、新余部鉄橋、福知山転車台、
纒向遺跡、箸墓古墳、平城京、近江鉄道、豊郷小、静岡ガンダム、
初狩駅舎、旧勝沼駅ホーム、旧大日影トンネル、
舞鶴城、東花輪駅、鮎沢口駅、下部温泉駅、身延駅、富士駅、
旧島々駅駅舎、安房峠、奥飛騨温泉口駅跡、岩峅寺駅、
立山砂防軌道、海老江駅跡、越の潟の渡船、粟津の交流センター、汽車ぽっぽ館、尾小屋駅跡、
旧井波駅舎、相倉合掌造り集落、五箇山合掌造り集落、白川郷合掌造り集落、白川城址、
上高地(大正池、帝国ホテル、上高地温泉足湯、河童橋、明神池)、
平湯大滝、奈良井宿、諏訪湖、

写真もかなり撮影した。

今回の旅でのハズレは、身延線の東花輪駅駅舎。
名駅舎って話だったけど…全然良くないぞ。
駅舎入り口と屋根の形が合っていないというかズレているし、
小さな駅でももっと見応えのある駅はある。何処がいいのかさっぱりだった。

逆に当たりは立山砂防。38段のスイッチバックの路線。
自分が乗車した週の前後の週は荒天で中止になってるから、自分はラッキーだった。
中国旅行行ってきた
大本営

中国旅行から帰りました。
春はチャイナに行きましたが、夏は山陽山陰です。

今回の目的は、
最新の時刻表を見ていただけるとわかるのですが、鉄道がやばいんです。
岩泉線、名松線、呉線、美祢線、
これらが土砂崩れで不通になっており、中には廃線が決定した路線も出ました!

酷暑の今年は台風が例年のように来ない代わりに、巨大なのが来るんじゃないかとか予測する人もいるし…。
乗客減少で廃線が決まっていれば、廃止前に乗りに行けるが、
天災は突然来ますからねえ…。

そんなわけで、やられたらそのまま廃線の危機にある路線に乗っておく事にした。
列車本数は少ないし、組むのが大変。

そんでもって、鉄道はこの程度で、今回は観光がメイン。観光があるので長旅になってしまった。

*****

N700系のぞみに乗って広島県へ。1日目は、鞆の浦観光。

2日目、24H営業のニッポンレンタカーで早朝マシンを借りて市内を走りまくり、
ホテルに戻ってシャワー浴びてチェックアウトした。
まさか、レンタカー会社で自転車借りれるとはな。

マシンで行ったのが、この写真。

日清戦争時に、明治天皇が指揮を執った場所の跡だ。一時的に皇居でもあったわけだ。
残念ながら、原爆で吹っ飛ばされて土台しか残っていません。
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